ザアカイの豪快爽快な悔い改め

新約聖書の中でとても好きなエピソードです。

ユダヤ社会の中で最も嫌われていた人種が
罪の真っ只中にいた人物が
イエス・キリストを熱烈に求め
秒速のようなスピードで悔い改め
救い主を大いに喜ばせる

という、爽快感溢れる胸のすくような感動ストーリー。
そして、ザアカイがこれまた魅力的。
読む度にヤンヤヤンヤと拍手しています。

特に、私も含めた新米クリスチャンに、心の中にしっかと刻んでいただきたい、素晴らしい記事なんですね。

では早速行ってみましょう。

イエス様御一行はエリコに入って、町をお通りになられました。

ここには、ザアカイという人がいたが、彼は取税人のかしらで、金持ちであった。— ルカ 19:2
A man was there by the name of Zacchaeus; he was a chief tax collector and  was wealthy. — Luke 19:2

取税人が税金を徴収する仕事だということに、すぐピンとこられたと思いますし、「かしら」であったということは、税務署長クラスのような地位とも思われたかもしれません。

が、実は、当時イスラエルを支配していたローマ帝国政府は、直接税金を取り立てることはせずに、同じ民族であるユダヤ人にそれをさせ、政府へ納めさせていました。
その上、取税人たちは税金を取り立てるだけではなく、余計にお金を奪い取り、その余りをポケットに入れるという不正をして私腹を肥やしていたため、ユダヤ人から恨まれ、嫌われ、罪人というレッテルを貼られていました。

そのような事情から取税人は差別され、同国人であるユダヤ人は取税人の家に入ることも、食事を一緒にすることも一切ありませんでした。
ここはとても重要なポイントですので、覚えておいてくださいね。

彼は、イエスがどんな方か見ようとしたが、背が低かったので、群衆のために見ることができなかった。— ルカ 19:3
He wanted to see who Jesus was, but because he was short he could not see over the crowd.

ザアカイが同族のユダヤ人から蔑まされている人種だということは、ご理解いただけたかと思います。いわゆる非国民扱いですよね。
それなのに、なぜ彼はイエス・キリストをひと目見たいと思ったのでしょう。

聖書に詳しい記載はありませんが、人から嫌われてでも、手段を選ばず金持ちになる道を選び、立派な家を建ててゴージャス生活を満喫していても、誰もマトモに相手にしてくれない中、非常な孤独感に苛まれていたのではないかと、容易に察しがつきます。
平安な日々とも無縁だったことでしょう。
それにプラス、背が低かったということも、彼にとっては大きなコンプレックスだったのではないかと思えてなりません。
昔からよくありますよね。コンプレックスが強い男性ほど、金持ちになってお金に物を言わせて綺麗な妻を娶り、コンプレックスをはねのけてやろうとする傾向性が。

そんな最中、イエス様の噂は広まりに広まっていたでしょうから、もしかしたら、その神々しいお方をひと目だけでも見れば、自分の気持ちが救われるのではないかと、そう思ったとしても不思議ではないような気がします。
そうでなければ、ただ自己満足だけしてふんぞり返っていればいいだけですから、何かしらザアカイの中では罪の意識が芽生えていたのではないでしょうか。

それと共に、イエス様が自分と同じ卑しい職業の人間を弟子にしたり、友人としている噂も流れていたでしょうから、人から相手にされない惨めな自分でも、イエス様であれば振り向いてくださるかもしれない、心の中にポッカリ開いた穴を埋めてくださるかもしれないなどなど、誰も推し量れない心の空洞を独りで抱えていたような、そんな気もします。

それで、イエスを見るために、前方に走り出て、いちじくの桑の木に登った。ちょうどイエスがそこを通り過ぎようとしておられたからである。— ルカ 19:4
So he ran ahead climbed a sycamore-fig tree to see him, since Jesus was coming that way. — Luke 19:4

何と幼な子のような行動!(驚
案の定、自分を前に出してくれるような親切な人は誰もいない。
ならば木に登るっきゃない!
諦めなかったんですね。必死だったんですね。
本人は熱い求道心という自覚はなかったかもしれませんが、ともかくイエス様を求めていた。このチャンスを逃したくなかった。
あまりにも率直で豪快でお見事というしかないシーンです。
お金も地位も持った大の大人が、全てをかなぐり捨てたかのような潔い行動。
もうこの時点で、ザアカイは神様にへりくだっていたのではないかと思えてなりません。

さて、神様はどのような対応をなさるのでしょうか。

イエスは、ちょうどそこに来られて、上を見上げて彼に言われた。「ザアカイ。急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」— ルカ 19:5
When Jesus reached the spot, he looked up and said to him, “Zacchaeus, come down immediately. I must stay at your house today.” — Luke 19:5

驚くべきお言葉を発されました。さながら前もって予定されていたかのように、イエス様はザアカイを見て、声をかけられました。
罪人呼ばわりをせずに、ひとりの人格ある人間として、親しく名前を呼ばれました。
そして、家に泊まることになっているとまで。
英文では “must” が使われていますので、「家に泊まらなければならない。」と仰ったわけです。
ザアカイの都合もへったくれもありません。

これが神様のなさることなのですね。神様の主権です。
人間の都合などどうでもいいんです。
この日、イエス様はザアカイと出会い、彼の家に泊まることが予め決められていたのです。
今の私にはわかります。

さぁ、このまさかの展開にザアカイはどういう行動を取るのでしょう。

ザアカイは、急いで降りて来て、そして大喜びでイエスを迎えた。これを見て、みなは、「あの方は罪人のところに行って客となられた」と言ってつぶやいた。— ルカ 19:6-7
So he came down at once and welcomed him gladly. All the people saw and began mutter, “He has gone to be the guest of a sinner.” — Luke 19:6-7

ですよね〜嬉しいに決まってます。
周りの人間や私たちから見れば何が何やらですが、急展開への戸惑いなんか何のその、ザアカイはすぐにを自分の中に迎え入れました。
素晴らしいです!!これぞ信仰の原点ですね。
この際つぶやく人々はどうでもいいです。そんなの本当にどうでもいいです。
自分が救われたいのですから、何がどうあっても救われたいのですから、主と自分だけでいいのです。
自分も罪人のうちのひとりだと気が付かない、気が付きたくない人に比べて、何と直球ド真ん中の信仰でしょうか。
神様に愛される資格充分ですね。

ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」— ルカ 19:8
But Zacchaeus stood up and said to the Lord, “Look, Lord! Here and now I give half my possessions to the poor, and if I have cheated anybody out of anything, I will pay back four times the amount.”

ブラボー、素晴らしい、素晴らしすぎる信仰告白です!!!
お金と引き換えに失った様々なことを抱えながら、心の闇をどうしようもなかったであろう取税人が、主に出会うチャンスを逃さずに、がむしゃらに主に突き進んで行った結果、いのちの泉のお方から永遠のいのちを得たのですから。
報われましたねザアカイ。

イエスは、彼に言われた。「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」— ルカ 19:9-10
Jesus said to him, “Today salvation has come to this house, because this man, too, is a son of Abraham. For the Son of Man came to seek and to save the lost.” — Luke 19:9-10

たいそう喜ばれた主。温かいものがジワ〜っと心の中で広がります。
権力とお金だけに意味を見出していた心の貧しかった人間が、自分の罪を自覚して告白しただけで、神様はここまでお喜びになられるのですね。

おそらくザアカイは、この日まで長い間に渡り、自分の道の間違いを感じ取っていたのではないかと思われます。
なぜなら、平安の日々を送ってはいなかったからです。幸せではなかったからです。
でもそれが何なのか、何をどうしたらいいのかわからなかった。
さぞかし心の中で言い表せないうめきがあったことでしょう。
その日々の中で飢え渇いていたに違いありません。
なので迅速な、スピード感溢れる行動ができたのだと思います。
その準備があったから、イエス様に、神様に、目を向けることができた。
また、その準備期間中に心が砕かれていたから、父なる神様が目を留められ、御子である救い主との出会い日時をご計画され、あたかも偶然のように見える筋書きを書かれ、演出されたのだと信じてやみません。
神様は何でもおできになりますし、おできにならないことは何ひとつありません。
私たちが自分で考えて行動していると思ったことでも、実は神様から植え付けられ、支配コントロールされていたという事実が、旧約聖書におびただしく書かれています。

神様に出会うということは、実は難しくなかったりします。
心が砕かれていれば、神様の方から近づいてくださったりもします。
ザアカイが良い例ですよね。私もそうでした。
しかも、神様にとっては、その人間が背が低かろうが、不細工だろうが、一切関係ないのです。
砕かれた心を差し出して、ただただ救って欲しいと願えば、スーっと叶えてくださいます。

神様は心を見られます。人間は外見を見ますが。
人間は自分にとって利益になる人を、友人にしたり恋人にしたり、結婚相手にしますよね。
それらの人間関係サークルに、見栄えが悪い人、身も心も病んでいる人、イジメられている人、人から嫌われている人、お金がない人等は入れないのが人の常ではないでしょうか。

ですが、神様は上記のような人々を率先して受け入れてくださり、むしろ、そのような人々を捜し出し、呼ばれていらっしゃるように見受けられます。

本来であれば、ご自分のふところにいるべきであった人間が、その創造主から勝手に迷い出し、行くべき方向を見失いながら、今にも狼に喰われそうな迷子の羊たちを御元に引き寄せたいと、神様は切に願われていらっしゃいます。

永遠に尽きることのない、いのちの泉をタダでくださる太っ腹な神様(笑)であり、全人類の唯一の救い主であるイエス・キリストと、ひとりでも多くの方が一日も早く出会えますように。

っと言いつつ、私たち人類にはもうあまり時間が残されていません。
この世の終わりのカウントダウンは既に始まっています。
父なる神様へ至る道であり門であるイエス・キリストを知ろうともせず、信じようともせず、この世の悪に惑わされて自分は安泰だと思っている人間たちが罰せられる、最後の審判がやって来ます。
歴史上、かつて誰も見たこともなく聞いたこともない恐ろしい主の日が。。。
その日その時、イエス様が全てを踏みつけられます。

さぁ、ザアカイのように、一分でも一秒でも急がなくては!!!(爆

クリック応援お願いします🎶
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

ザアカイの豪快爽快な悔い改め」への5件のフィードバック

  1. イエス様の深い慈愛、ザアカイの真っすぐな気持ち、ジーンと来ました。
    とても素敵なお話でした!
    神様は心を見てらっしゃるんですね。

    実は今日、献金のことで悩んでいました。
    今生活が楽ではないため、充分な献金が出来ずにいます。
    什一献金は夢のまた夢のようです。
    神様に感謝をこめてお捧げしたいのに、できないもどかしさ。
    神様ごめんなさい、と苦しい気持ちでいっぱいでした。
    でも、貧しい私の外見より、そんな心を見てくださってると想像すると
    少し気持ちが楽になりました。

    何だか見当違いのコメントで申し訳ありません。
    (不適切なら削除なさってくださいませ)

    それから、勧めてくださった雅歌、これから読みます。
    楽しみです!

    いいね: 1人

    1. バニラさん、早速コメントをありがとうございます!
      正に仰る通りで、イエス様の深く大らかな愛と、ザアカイの主を求める素直さが素朴に描かれていて、心の中がジワジワと温かいものに包まれるようなエピソードですよね。
      そして、外見なんか関係ない!
      主にお会いするまでどれほど罪の真っ只中にいても、それに気が付き、素直に悔い改めれば、過去の罪を帳消しにしてくださるのですから、真実、「神は愛」だと、心の底より思います。

      で、なるほど、献金ですね。そのお気持ちよく解ります。
      私もまだまだ生活が楽ではありませんので。

      ですがまずは、クヨクヨしないでください。
      神様は、イエス様は、最初からご存知ですし、そのようなことで怒られたりするようなケチなお方ではありません。
      「ルカの福音書」の21章1〜4節をお読みください。
      通常の行いとして献金した金持ちと、貧しい生活から全てのお金(おそらく200円にも満たない)を献金した寡婦とを見て、イエス様が何と仰ったのか。
      今の私たちにとって、大いに慰められる箇所です。

      私の場合、献金に関して、日々このように祈っています。ご参考までに。

      「愛する天のお父様。借金を抱え、生活費がマイナスという状況の日々の中、充分な献金ができなくて申し訳ございません。それでも、そのような私に祝福を与え続けてくださり、お父様の備えの中から恵みを施してくださり、養い続けてくださり、心より感謝しております。富に仕えないと決心した私は、お父様のみ心にかなった収入を得られるようになり、借金が返済できましたらば、誠心誠意お捧げすることを約束致します。私によくしてくださり続けるお父様の御名を褒め称えます。この地上で生きている限り、また、魂がこの身体を離れて行っても、とこしえにお父様を賛美し続けます。心より感謝して、イエス様の御名により、お父様の御前にお祈りをお捧げします。アーメン。」

      今は、心から感謝するしかありませんので、このような感じで日々祈っています。
      祈りは通じていると確信しています。
      お互い収入がマトモになったら、たくさんお捧げしましょうね。

      「雅歌」の件、楽しみです。
      もしかしたら、今晩から明日にかけて「雅歌」記事をアップしてしまうかもしれません(笑

      いいね

      1. 七星さん、素晴らしいお祈りの言葉、ありがとうございます!
        さっそく声を出してお祈りしたのですが、
        泣けて泣けて、涙が止まりませんでした。

        私も借金返済のためにカツカツの生活で、
        工場で夜勤、昼間は掃除のバイトをしていますが、
        教会に行く時間がなかなか取れず、
        献金も思うようにできなくて、落ち込んでいました。

        でも七星さんの温かいコメントとこのお祈りのおかげで、
        胸がスーッと軽くなりました。
        そして、神様の大きな愛で包まれてる安心感が広がりました。
        そしたら泣けて泣けて、今工場の休憩時間なのですが、
        休憩室の隅っこで声を殺して泣いています。

        七星さん、本当にありがとうございます!
        心から感謝します。

        いいね: 1人

        1. バニラさん…私も今涙が溢れています。
          大変な状況の中、よく頑張られていますね。

          そこで、ここ最近気が付いたことなのですが、
          もはや自分の力では為す術もない…
          と、心が砕かれたからこそ、
          神様が来てくださったのだと。
          救いの手が差し伸べられたのだと。
          そして、私たちは救われました。
          そう、救われたのです。

          ですので、たとえどういう状況であっても、だからこそ、今のありのままのご自分を主の前に注ぎ出してください。
          自分ひとりでは絶対ダメだ!
          と、すがりついてしがみついてください。
          完全に主にご自分を委ねて、明け渡してください。
          すると不思議なことに、バニラさんが知らないところで主が働いてくださるようになります。

          人間が自分だけの判断で動いてしまうと、神様の出番がなくなりますが、自分を捨てて神様に聞き従うようになると、そこから神様はバニラさんのために、全てを益としてくださるように働いてくださいます。
          私がずっとそうですので。

          ですから、主を信じてください。
          信じて信じ抜いてください。

          信じない者にならないで、信じる者になりなさい。— ヨハネ 20:27
          見ずに信じる者は幸いです。— ヨハネ 20:29

          主は神様という栄光を捨てて人間となられ、人間の全ての痛み苦しみをご存知の方です。
          ですので、安心して撚り頼んでくださいね。
          イエス・キリストだけが信じるに値するお方ですので。

          今日から、バニラさんのことも日々祈らせていただきますね。
          お互い手を取り合って、信仰の道に励みましょう。

          いいね

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中