マジカル・ミステリー・聖霊

浦安国際キリスト教会にて、水曜日に行われた聖書勉強会での出来事です。
その日は『コリント人への手紙 Ⅰ』第二章6節から16節を中心に、ある時代においてのみ栄えている「この世の知恵」と、それとは全く本質を異にする「神の知恵」についての学びでした。

キリストを信じる者は、御霊によって啓示されなければ理解し得ない真理をから与えられ、ますます増し加えていただける。
✦私たちには、神の深いご計画と美しく織り成される摂理の深みにまで導いて下さる聖霊がおられる。

「そう言えば、七星さんがこの教会に訪れた時がまさにそう…」
と仰っていた牧師先生の言葉をさえぎり、勢い勇んで質問しました。









本来人間にはが備わっているが、アダムとイヴから原罪が可算に可算され続けている現代の人間は非常に霊的に弱い存在であり、霊が眠っている、すなわち盲目の状態である。
要するに神によらず、真理に則らず、生半可に得た自分の知識と頭だけで判断行動するため、いとも簡単に悪の誘惑に負ける。
例えば我々は、ある特定の周波数の電波に乗せて番組を放送しているテレビ局から電波を受信し、テレビ番組を観ている。
が、その電波が我々の周りを縦横無尽に飛び交っているにも関わらず、それを我々は見ることができない。
それと同じく、神から絶えず放たれている聖霊を我々は見ることもできないばかりか、見ようとさえしないし、ゆえに受信することもできない。

そうだったのか!
わかります、良くわかります。
っということは、
十字架上のイエス様に心を打たれ
それから想いが募りに募り
個人的な関係を持ちたいと
毎日がイエス様デー
その不思議な想いを解決するべく
訪れた教会で
牧師先生より
「その信じる心だけでイエス様と神様と直結になれる」
と伺い
先生に祈っていただいた正にその時

聖霊が現れ
何かがパーンと弾けたのですね
その感覚は
スパークリングという表現よりも
もっと強い何かが
身体の底から
魂の底から
火山の爆発のように
飛び抜け
私はただただ
あ゛ーーーーーー!!!!!
と心の中で叫んでいましたっけ

遂に私は受信できたのですね☆

聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。
— 使徒の働き 1:8

You will receive power when the Holy Spirit comes on you; and you will be my witnesses in Jerusalem, and in all Judea and Samaria, and to the ends of the earth.
— Acts 1:8

イエス・キリストは公的活動に先立ち、旧約時代の最大の預言者であるバプテスマのヨハネから洗礼を受けましたが、それは「罪からの開放と清め」を意味するのではなく、「 聖霊によって洗礼を授ける方」として神が遣わしたことを、ヨハネは心得ていました。

民衆がみなバプテスマを受けていたころ、イエスもバプテスマをお受けになり、そして祈っておられると、天が開け、聖霊が、鳩のような形をして、自分の上に下られるのをご覧になった。また、天から声がした。「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ。」
ルカ 3:21-22

When all the people were being baptized, Jesus was baptized too. And as he was praying, heaven was opened and the Holy Spirit descended on him in bodily from like a dove. And a voice came from heaven: “You are my Son, whom I love; with you I am well pleased.”
— Luke 3:21-22

我々人間は、目に見えることしか信じない、信じようとしない傾向性にあります。
そして、人間の頭では理解不能な不思議な現象に対し、科学で証明せよ!と応戦します。
その実、その頭脳が仮に科学的であったとしても、地震がいつ何処で起きるかは未だに予知できないままでおり、その反面、放送局からの電波が見えなくとも、何の疑問もなくテレビ番組を観ています。
そんな時代性に於いて、神様からの電波を受信できたことは奇跡の中の奇跡であり、何と自分はラッキーであったことか!と未だに信じられない想いでいっぱいです。
受信機が放送番組の周波数に合っていなければ、待てど暮らせど番組を受信できません。
それは神の周波数に合わせなければ、幸せを受信できないことと同義語のように思えます。
ところがひと度周波数が合うと、すなわち神を知ることができれば、地上に生きながらにして、天国の恵み喜びを受信することができるのです。
しかも、それらは脈々と流れてきて止まらない!といった感じを今受けています。
そしてまた不思議なことに、聖霊が働いてからの私は、一本の線が串刺し状態のように全身の真ん中を貫き、それが遥か上の方へ伸びて伸びて行っているような気がしてならないんです。
もしかしたら、再び私が悪い方向へ迷い込まないように、神様が上から操ってらっしゃるんでしょうか(笑)

それはさておき、イエス様のおかげで、神様から光栄の極みでしかない恵みを受けられるようになった私は、フラフラする気がなくなったと言いますか、する必要がなくなったと言いますか。
例えこれから何が起きようとも、力強く歩んで行ける気が満ち満ちていますし、現在の境遇がどうであれ、心には平安と喜びが脈打っています。
もし我々の聖なる周波数が重なり合い、その共鳴現象が広がっていったなら、この世はもっともっと住みやすく、多くの人がもっともっと共に幸せになれるのではないでしょうか。
あなたもそう思いませんか?
そんなことをホノボノとヒシヒシと考えている七星でした。

それではまた♪

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